【おせちの歴史】由来と変遷を徹底解説!!

記事更新日: 2020/10/31

ライター: あっきー

こんにちは!あっきーです!

日本の伝統となっているおせち料理ですが、いったいいつから始まり現代のような形になったのでしょうか?

あっきー

起源を辿ると、想像以上に昔でした!

色んな時代の変遷を経て、現在のような形になったんですね~

 

今回は、おせちの由来や歴史について、解説していきますね!

 

おせちのはじまりは弥生時代!歴史を現代まで一気に解説

おせち料理は弥生時代に中国から伝わったことに始まり、江戸時代後期に現代に近い形になっています。

それでは、おせち料理の歴史を解説していきますね!

あっきー

弥生時代には伝わっていたなんて驚きです!

これから歴史を見ていきましょう!

 

弥生時代(おせちのはじまり)

おせち料理の起源は、弥生時代まで遡ります。

中国から「節(せち)」を季節の変わり目とする歴がもたらされ、節ごとに「節供(せちく)」といわれるお供え物を神様にする風習が生まれたのです。

これが、おせち料理のもとになったとされています。

 

奈良時代~平安時代(おせちの定着)

奈良時代から平安時代に、節の儀式が宮中行事として執り行われるようになり、おせちが定着しました。

唐の歴法にもとづいた節目の日である節日に、邪気を祓い、不老長寿を願う儀式として「節会(せちえ)」が催され、「御節供(おせちく)」と呼ばれるお祝い料理が振る舞われました。

特に、五節句の日※に開かれる節会は重要視され、五節会(ごせちえ)と言われていたといいます。

※1月1日の元日、1月7日の白馬(あおうま)、1月16日の踏歌(とうか)、5月5日の端午(たんご)、11月の豊明(とよのあかり)

 

この時代は正月料理という位置づけでなく、五節句のお祝い料理すべてが、「御節供」と呼ばれていました。

 

あっきー

昔は正月だけじゃなく、年に5回もおせちを食べてたんですね!

じゃあ、いつからお正月にだけ食べるようになったんだろう?

 

江戸時代(おせちの発展)

江戸時代になると、五節句は祝日として定められ、幕府の公式行事となり、庶民の間にも「御節供」が広まりました。

そして、五節句のうち新年を迎える最も重要な節句の料理が定着しました。

正月に食べるおせち料理の誕生です。

 

江戸時代の初期から中期になると、おせち料理は重箱に詰めるのが一般的になり、江戸時代末期から明治時代にかけて重箱に詰めるスタイルが確立されていきました。

そして、江戸時代後期になると、料理に意味が込められ、新年を祝うために食べるものとなりました。

 

あっきー

江戸時代に大きく発展したんですね!

でも、このときはまだ「おせち」とは呼ばれていなかったみたいです。

 

第二次世界大戦後(「おせち」と呼ばれるように)

おせち料理が、「おせち」と呼ばれるようになったのは、第二次世界大戦後のことです。

それまでは、おせちは、「食積(くいつみ)」、あるいは「蓬莱(ほうらい)」と呼ばれていました。

 

おせち料理は家庭で作られるものでしたが、終戦後はデパートで「おせち」という名称で売り出され、世間から「おせち」と呼ばれるようになったようです。

 

現代(バラエティ豊かに)

現代ではおせち料理は伝統的なものだけではなく、洋風や中華風のものなど、バラエティ豊かな商品が販売されています。

今や、特定の食材のみが入った好きなものだけおせち有名レストランや老舗店までもが一般向けにおせち料理を販売しています。

百貨店やスーパー、ネット販売など、様々な方法でおせちを購入できる時代になりました。

各家庭の状況によって、選択肢も多くなり、便利な時代ですね!

 

参考記事:おせち通販で好きなものだけ!肉!蟹!鮪!子供に人気のキャラも!

まとめ

おせち料理は弥生時代の風習から始まり、時代を経て現在の形となりました。

現代ではバラエティ豊かなおせち料理が販売されており、まだまだ今後も時代の流れに合わせ変化をしていくことでしょう。

またこれからの変化も楽しみですね!

 

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